三井が倒れた、陵南戦の一番大事な局面で。
誰も倒れた瞬間を見てはいなかったが、ただ一人、いち早く気付いたのは
湘北の歌姫、由香だった。
驚きのあまり、席を立ち観客席の手すりに乗り出しては叫んだ。
「三井くん!!!」
が気付いたのをきっかけに、宮城や彩子、木暮、とみんなが駆け寄る。
あのコートに降りて行きたい、でも行けない。自分はバスケ部の人間ではない。
三井をコートから運ぶため、試合は一時中断。
はぐっと拳を握り、観客席を走って、先ほど三井と言葉を交わした
控え室に近い廊下に駆け出していく。
「(わたしは何を言ってあげられる?……三井くんに、何をしてあげられる……?)」
廊下を必死で走っていると、同じく走っていた男子とぶつかる。
「きゃっ!!」
「うわっ、す、すみません。急いでて」
はそのまま老化に尻餅をつき、小さく悲鳴を上げた。
男子も勢い余ってよろけたが、さすがは男だ。線が細くても、倒れることはなかった。
にぶつかった男子は三井のためにポカリを買いに出ていた一年の桑田。
湘北、と書かれたジャージに身を包んでいることに気付き、は声をかける。
「あの、キミ、湘北の1年生?」
「あ、はい。……あれ、貴女は確か三井先輩とよく一緒にいらっしゃる……」
「それ、ポカリ。三井くんに持っていくの?」
「はい。出来る限り水分取ったほうが良いって……。脳貧血みたいな感じで、
あ、でもちゃんと話も出来ますし大丈夫ですから!」
桑田はは三井の彼女だと思っていた。
だからこそ、あまり心配させまいと慌てて色々な情報をに与えた。
は微笑んで、よかったというと
「ねぇ、このポカリ。私が渡して来たいんだけど……はい、120円」
「あ、良いですから!部費から後で落としてもらうんで!三井先輩は其処の突き当たりを右の
階段に座ってますから」
「うん、ありがとう」
に何が出来るのか、自分でもいまいち分からなかったが、
何より、三井を一人にしたくはなかった。
廊下を歩いて、突き当りを右。
三井が座っている。
「三井くん……」
「……?」
「これ、バスケ部の一年生から預かってきた。目がクリクリして髪にウェーブかかった可愛い子」
「ああ、桑田か……サンキュ」
プルタブを開ける指に力が入っていないのはきっと脳貧血だからだ。
もライブのあと、脳貧血のような、酸欠状態になった事がある。
指が痺れような感覚になって、力が入らないのだ。
手伝ったら、ダメだと感じた。
女のなら、それを受け入れて有難うといえる、けれど三井は男だ。
そのプライドを著しく傷つけてしまうことは容易に想像できた。
「……俺は、何て、無駄な時間を……っく……」
三井は、泣いていた。
は、胸が締め付けられる思いだった。
こんなに頑張っている人から、もうこれ以上バスケを奪わないで欲しかった。
は、歌った。
アカペラで、自分の大好きな曲を。
三井を励ませるだけの、曲をとっさに選んで。
三井はそれを聞いていた、ただ黙って涙を流しながら、そして
の肩にそっと自分の頭を乗せて。顔を隠すように。
「お前、すげぇよ……お前の歌に癒される……」
歌い終って、三井は顔を上げた。
はハンカチを取り出すと、三井の涙をそっと拭った。
三井はその手をそっと執って。
「俺、もう行く。俺に出来ることをしに行く」
「そうだよ。三井くんがベンチに行かないと……」
「、サンキュ。俺は……お前の歌に、また、惚れ直した」
「……ヴォーカル冥利に尽きますね……フフッ……さ、行って」
「おう」
三井が立ち上がって、再び湘北ベンチに戻る。
も、立ち上がって、三井の涙を拭ったハンカチにそっとキスを落とした。
かすかに、三井の、においがした。
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