卒業したら、アメリカに行く。
流川楓がそう告げたのは、彼が高校3年、
が大学2年の秋の晴れた日のことだった。
「そう……行くんだ。まぁ遅かれ早かれそういう日は来ると思ってた」
「センパイ、俺、2年で結果出して……そしたら迎えに行く」
はもう何も聞きたくなかった。
これ以上、自分の後輩であり恋人がどんどん先に進んでしまうのが怖くて。
もしバスケットの神様というものが存在するとすれば、流川楓は間違いなく
その寵愛を一身に受ける人間だということはにはわかっていた。
そして、その寵愛を受けるためなら、何でもするであろうことも分かっていた。
分かっていて、それでも流川のに対する真っ直ぐな思いがくすぐったくて、
付き合い始めたはずだったのに。
「2年?私は待てないよ、別れよ?流川」
「いやだ、別れねー」
「私よりもバスケを取るくせに(本当は嘘だよ)」
「何、言ってるんすか?」
「バスケを捨てるなんて、出来ないくせに」
(ネェ、本当は、そんなこと思ってないよ。頑張ってほしいよ)
が選んだ答えは、流川の邪魔をするわけにはいかないという思いからの別離だった。
それから2年、は大学4年になり、もうすぐ卒業を迎える。
地元の企業に就職を決め、来春からは社会人になるわけだ。
「お前流川と連絡とってねぇの?」
「……だからアメリカ行くって言うから別れたって言ったじゃん、何度も言わせないでよ」
「ふーん?別れたのに俺と付き合ってくれないってのはどういうわけだよ」
「だって私三井のことタイプじゃないもん」
「てめえ……」
腐れ縁のように同じ大学に行くことになった三井寿と、は
構内のカフェテリアでクラブハウスサンドを頬張りながら
色気も何もない会話を繰り広げていた。
高校の時から、三井とはこういう言葉遊びを楽しむだけの関係があった。
三井も流川の存在が消えていないと分かっているから、ただの冗談でを構う。
「お、あれ流川じゃん、すっかり有名人だなーアイツも」
「……」
渡米して二年、初めは苦労したようで、出場機会にも恵まれなかった流川だったが、
随所での光るプレーが認められ、次第に実力でも知名度でも有名になって行った。
日本でも、彼の特集を組む番組が増えていて、今はちょうど昼時のワイドショーの
単独インタビューだとかに答えている映像がカフェテリアのテレビモニターに
映し出されていた。
「(おーおー、目で追っちゃって、相変わらず素直じゃないヤツだな)」
― 流川選手に影響を与えてくれた人とか、いらっしゃるんですか?
― ……高校時代の、先輩が……
― 流川選手にとってその方はどんな方ですか?
― 自分を犠牲にしても……俺を送り出してくれた……強い人っす
― もしかして……
― あの、これ全国放送っすか?
― はい
― 2年経った。これから迎えに行く、文句は言わせねぇ。
パスポート用意して首洗って待ってろ
首を洗って、だなんてなんという強引で物騒な物言いだろう。
アメリカに行っても、物の言い方が洗練されたとは微塵も感じないインタビューだった。
そのVTRが終わった瞬間
カフェテリアのドアが開く。
「三井センパイ、センパイ、久しぶりッす」
「……る、かわ……?アンタ、何で……」
「おーおー、ちょうどお前のインタビュー見てたとこだよ、言うようになったじゃねぇか」
「ッス」
「迎えに来なくてもよかったのによ、のことなら俺が面倒見てやるし」
「三井センパイはセンパイのタイプじゃないっす」
「お前ら二人して、ざけんなよ……と、まぁ俺は行くわ。あとは若いもんで宜しくやれよ」
は、訳がわからないといった様子で流川を見つめた。
あの流川が一大学のカフェテリアなんかに顔を出した、それだけで
店の中は騒然とする。
「センパイ、迎えに来た。俺と一緒にアメリカに行こう」
「……バカ……行かないし、別れたし……」
「バカはどっちだ、別れるとか、認めねー……」
「認めないって、あんたね……」
「もう黙れ」
人目もはばからず、流川はに口付けた。
2年ぶりの、甘いキスだった。
待ってて、迎えに行くまで
(流川、やめなさい!皆見てる!)
(……アメリカじゃ、どこでもみんなキスしてる)
(アメリカはアメリカ、ここは日本なんだからね!!)
(じゃあ今すぐアメリカ行こう、そしたら問題ねー)
(んなもん無理に決まってんでしょ!!)
(無理じゃねー、俺は絶対先輩を連れてくからな。
そのために帰ってきたんだ、ソッコーでパスポート用意しろ)
(……ホント、あんたオフェンスの鬼ね……引くことを知らないんだから……)